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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第3節 gossip [15]




「あら、ずいぶんな言い方ね。これでも店では結構役に立ってるのよ。人気者なんだから」
「そんな商売でしか役に立たないのに、エラそうに言わないでよっ!」
「あらら、ママが聞いたら怒るわよぉ〜」
「話を逸らさないでっ!」
 再び湧き上がる怒りを撒き散らし、美鶴は肩で息をしながら相手を睨んだ。
「このお金、お父さんなんでしょ?」
 通帳を指差して問い詰めるが
「違うわよ」
「嘘だっ! お父さんに会わせてよ」
「無理よ。居場所がわからないもの」
「じゃあ調べて」
「なんでよ? だいたい、会ってどうするの?」
「お母さんよりマトモな人だったら、お父さんに付いていく」
「お父さんの方が嫌がるかもよ。だいたい、あんたを引き取らなかったんだから、向こうがあんたに会いたがらないかも」
「それならそれでもいい」
 お父さんに付いていく―――
 今、突然美鶴の脳裏に閃いた言葉。
 話の流れでたまたま浮かんだだけのような言葉なのに、半ば出任(でまか)せのように言っただけなのに、美鶴にはこれ以上ないほどの名案に思えた。
 お父さんが会いたくないって言うのなら仕方がない。でも、もし会うことができて、お母さんよりもずっとマトモな人間で、もし一緒に暮らすことができるなら。
 そうしたら、こんな不甲斐ない生活から抜け出すことができるかも。こんないい加減な母親に養ってもらわなくても、生活できるかもしれない。そうすれば、自分はもっと、今よりも幸せで、少なくとも同級生たちに負い目を感じたりバカにされたりしなくてもいい毎日を、手に入れることができるのかもしれない。
 誰かが自分の事を、他人を引き立てる道具として扱っているのでは? そんな不安をかきたてられる事もなくなるかもしれない。誰かが自分を。そう、例えば里奈のような人間に―――
 何で今まで気付かなかったんだろう? 気付いていて、ただ気付かぬフリをしていただけなのだろうか? 会った事もない父親の存在に不安だったから?
 いいさ。どうせトコトン壊れた日常だ。立て直す可能性があるのなら、試してみたってかまわないだろう。
 ギリリと歯を噛む美鶴に、詩織は呆れたようにため息を吐いた。
「会いたいって言うなら会ってもいいけどさ、とにかく私は居場所なんて知らないの」
 そういいながら、バスルームへ向かう。
「知らないなら、調べてよ」
「知りたいのはあんたでしょ。自分で調べなさいよ」
 派手な服をバサバサと脱ぎ捨て、ワックスだかで固められた髪の毛を一振り。
「だいたい、父親が見つかればこの生活から抜け出せるかもなんて、世の中そんなに甘くはないわよ」
「あんたに言われたくないわよっ ちょっと、せめて名前ぐらい教えなさいよ。名前も知らないなんて言わせないわよっ」
 憤怒の形相で噛み付く美鶴へ向かってニッコリ笑い
「知りたかったら自分で調べな。できるものならねぇ〜」
 と、オドけながらパタンとバスルームの扉を閉める詩織。
「何なのよっ!」
 美鶴は怒りのあまり、手近にあったクッションを思いっきり投げつけた。





 弾かれたように瑠駆真は陽翔を突き飛ばす。陽翔の方も大して抵抗はせず、あっさりと手を離した。獲物を失った陽翔の両手は、あてもなく宙でフラフラと揺れている。
 陽翔に掴まれた肩に残る痛み。ジリジリと瑠駆真を責める。
「俺は、初子先生が好きだ」
 伸ばすとも下ろすとも決めかねている中途半端な両手が、まるでゾンビか幽霊のように闇を彷徨う。瑠駆真は勢い良く叩き払った。
「滅茶苦茶だっ!」
 僕が母さんを殺しただと? コイツの好きな人を僕が殺したと言うのか。だから、僕に復讐でもしようと?
「バカげている」
 地面に向かって吐き捨てる。そんな瑠駆真に、瞳を細めるのは陽翔。
「バカげている?」







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